池上 秀畝(いけがみ しゅうほ)を高価買取!掛け軸の査定ポイントを徹底解説!

1.池上 秀畝を売りたいお客様へ

池上秀畝は1874年長野県に生まれた日本画家です。祖父、父も画家という家系で、花鳥画や山水画を得意としました。生まれた時から絵に囲まれて育ったため、自然と絵の描き方を覚えたと語っています。絵画だけでなく俳句や短歌、茶道や華道も嗜む多趣味人としても知られています。画家の家系として日本画の伝統を守りながら、写実に忠実な山水や花鳥画を追求していました。また画塾を創設し、後進の育成にも力を入れた人物です。 作品数が多く、驚くほど精巧な筆致は今なお人々を魅了しています。

2.池上 秀畝についての解説

池上秀畝は1974年に小間物問屋の次男として生を受けました。祖父の休柳、父の秀花共に画家だったため、幼い頃より二人の影響を受けて育ちました。この恵まれた環境のおかげか幼い頃より才能を発揮し、16歳にして日本画家の荒木寛畝のもとへ弟子入りしました。この時、雅号を秀畝とします。1905年に結婚。教員として生計を立てながら作品を作り続け、ついに1916年から3年連続で文展で特賞を受賞しました。 池上秀畝の画風は写実的で精度が高いのが特徴で、日本画の伝統を守りながらの洋画の様に丹念に書き込まれています。

3.池上 秀畝の歴史

池上秀畝は1972年長野県伊那市高遠町で生まれました。本名は國三郎。画家だった祖父と父に囲まれて、幼い頃より暇を見つけては写生を行っていたといいます。1889年に15歳で父と共に上京。当時は無名だった荒木寛畝に元へ弟子入りしました。その後1906年に同門であった大岡豊子と結婚。多くの作品を描きながら、1908年に文展で初入選。1916年から3年連続で文展に入賞しました。その後、晩年になるまで作品を発表し続けながら、伝神洞画塾を設立し後進の育成にもあたりました。1944年、狭心症により70歳で死去。 故郷である伊那公園には1950年に池上家三代の絵師を称える「画人三代碑」が建てられました。

4.池上 秀畝の代表作や作者

「夕月」      1916年 「峻嶺雨後」    1917年 「四季花鳥」   1918年

5.池上 秀畝の買取査定ポイント

まずは池上秀畝の真作であるかどうかが重要です。真作である証明書や鑑定書があったほうが、高額査定になる傾向にあります。また保存状態が良好か、箱が残っているかなども査定のポイントとなります。
  • 池上 秀畝の真作であるかどうか(証明書や鑑定書はあるか)
  • 保存状態は良好か
  • 大きさはどれくらいか

6.池上 秀畝の取引相場価格

池上秀畝に掛け軸の相場は1万円~5万円程です。1万~2万円程のものはシワやシミがあるなど状態が悪く、箱が無いものです。3万~5万程のものはシワやシミが少なく箱がついているものです。秀畝が得意とした花鳥図や山水図は人気が高く、高値になる傾向にあります。過去に保存状態が良好で、箱付き、花鳥図のものは8万円程の値がつきました。

7.池上 秀畝の買取についてのまとめ

池上秀畝は画家の家系に生まれ、幼い頃より絵に親しんできた画家です。晩年になるまで精力的に描き続け、後進の指導にも力を注ぎ、多くの門下生を育てました。 日本画の伝統を受け継ぎながらも、より写実的な花鳥画を追求しまるで西洋画の様に精密に描かれています。多くの作品を残し、信州高遠美術館にはスケッチや下図などが約3,000点収蔵されています。 花鳥図や山水図を得意とし今でも多くの方に愛されている池上秀畝。買取の際には真作を証明する鑑定書などがあれば高額の査定になる傾向にあります。また箱があれば一緒にしておきましょう。