川端 玉章(かわばた ぎょくしょう)を高価買取!掛け軸の査定ポイントを徹底解説!

1.川端 玉章を売りたいお客様へ

川端玉章は明治時代に活躍した日本画家です。繊細な筆使いで描かれた風景画は人気が高く、新しい日本画の境地を拓いた画家とされています。父が蒔絵師だったことも影響し、幼い頃から芸術に親しんだ玉章は、中島来章に師事し円山派を学びました。その後油絵を学んだ玉章は第1回内国絵画共進会で初入選。これをきっかけに才能が世間に認められることとなりました。画家としての活動だけでなく、川端画学校を開設し後進の育成にもつとめました。日本画・洋画を多く残していますが、掛け軸も描いており今もなお人気のある作家となっています。

2.川端 玉章についての解説

京都の蒔絵師の子として生まれた川端玉章は幼いころより芸術に親しんでいました。父が出入りしていた三井家に丁稚奉公に出たのち、11歳で絵の才能を認められ中島来章へ師事。のちに江戸へ移住した川端玉章は、高橋由一の元で油絵を学びました。そして1882年に第1回内国絵画共進会で銅賞を受章。若くから才能を世間に認められることとなります。円山派の伝統を守りつつ、独特の風合いで描かれる絵画は、日本画・洋画ともに高い評価をうけています。また後進の育成にも力を入れており、1890年には東京美術学校の教授に就任しました。また1910年には川端画学校を開設し、多くの画家を輩出しています。

3.川端 玉章の歴史

1842年京都府にて生まれました。本名は滝之助。蒔絵師の父を見て育ったため芸術へ興味をもっていた玉章は、11歳で中島来章の元へ入門。1867年に江戸へ移住し、1872年高橋由一の元で油絵を学びました。1882年第1回内国絵画共進会で入賞。翌年の第2回も入賞し、本格的に画家としての道を歩み始めます。1889年に東京美術学校にて円山派の教師として迎えられ、翌年には教授に就任。後進の育成に尽力しました。1896年に帝室技芸員、1897年には古社寺保存会委員、1898年に日本美術院会員となっています。そして1910年には川端画学校を開校。1913年に中風により逝去。

4.川端 玉章の代表作や作者

「墨堤春暁」   1890年 「海の幸図」   1892年 「玩弄品行商図」 1893年 「四時ノ名勝」  1899年

5.川端 玉章の買取査定ポイント

まずは川端玉章本人の作であるかが重要な査定ポイントです。真作かどうかは落款印や署名などによって鑑定されます。鑑定書や証明書があれば高値になる傾向にあります。 また保存状態が良いか、箱はあるかなどの一般的な骨董品の査定ポイントもあてはまります。 掛け軸にはいくつか代表的な査定ポイントがあります。 以下のポイントをチェックしていただくと、自分の持っている掛け軸にどの程度お値段がつくのかの指標になります。
  • 川端玉章本人の作であるかどうか(証明書や鑑定書があれば尚良し)
  • 落款印(引首印)がある
  • 作者の署名がある
  • 保存状態は良好か(シミやシワなどの汚れがない、箱が残っているかなど)
  • 尺はどれくらいか(大きさの確認)
  • 表装の修復がなされていないこと

6.川端 玉章の取引相場価格

川端玉章の作品は人気があり、真作が出ることが少なくなっています。川端玉章の肉筆とされていても真作保証がなければ5千円~1万円程度。真作保証とされていても鑑定書や証明書なければ2~3万5千円ほどになります。もし真作で鑑定書がある作品であれば数十万円の高値がつく可能性があります。

7.川端 玉章の買取についてのまとめ

日本画のみならず洋画の作品も多く残した川端玉章。芸術への研究に余念がなく、画家としての地位を確立したあとでも常に努力を怠りませんでした。自らの作品を描きつつも後進の育成に力を入れており、東京美術学校の教授に就任しています。その功績から東京芸術大学の中庭に顕彰碑が建てられています。 日本画や洋画の作品が多く残されていますが、掛け軸の作品も描いています。もし真作の肉筆画であれば思わぬ高値がつくこともあります。