小林 一茶(こばやし いっさ)を高価買取!掛け軸の査定ポイントを徹底解説!

1.小林 一茶を売りたいお客様へ

小林 一茶は江戸時代に活躍した俳人です。当初はその直接的な言い回しから田舎俳諧とみなされ人気はありませんでしたが、明治時代に入りその鋭い洞察力が高く評価されました。特に小林 一茶を評価し、後世に広めたのは正岡子規と言われています。現代では松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶほどの俳人として知られることとなりました。生涯に約22,000句という膨大な数の句を詠んだ俳人としても有名です。掛け軸として句を記したものが残されており、もし真筆であれば非常に高値がつく作家となります。

2.小林 一茶についての解説

小林 一茶は現在の長野県信濃町の百姓の家に生まれました。3歳で生母が亡くなり、継母ともうまくいかずに15歳にして江戸に奉公にでます。そこで一茶は俳句と出会いました。20歳のことから徘徊師を目指し全国を行脚。多くの人と交流するなかで様々な俳句を生み出しました。幼少の鬱屈とした経験を元とした自虐的な句風と、全国を旅して得た風土に生きる人々をありのままに詠んだ句風は一茶にしか詠めぬ境地の句として、後年高い評価をえることとなりました。一茶の作品は与謝蕪村の天明調に対して、化政調と呼ばれています。約22,000句を詠んだとされ、これは松尾芭蕉の約1,000句、与謝蕪村の約3,000句を大きく上回っています。現在においても新しい句が見つかる程、一茶の創作意欲は尽きることは無かったようです。

3.小林 一茶の歴史

小林 一茶は1763年北国街道柏原宿(現・長野県信濃町)にて生を受けました。3歳で母を亡くし、継母と馴染むことはできず江戸に奉公に出ます。江戸で俳句に出会い、25歳の時に小林竹阿に師事し本格的に俳諧を学ぶこととなりました。1791年、29歳で故郷に帰りますが翌年全国行脚に出ます。近畿・四国・九州などを周り、旅先で出会った人々との交友などから「たびしゅうい」「さらば笠」を出版。この本の出版を経てようやく俳諧師として認められることとなりました。39歳で父の病気のため帰郷。しかしすぐに父は亡くなり、弟や継母との遺産相続の腱で争うこととなります。そして1808年の時遺産の半分を貰い、北信濃で門人を増やしていきます。50歳の時再び帰郷し、52歳にて結婚。離婚と再婚を繰り返し、3度目の結婚にて落ち着いた一茶は女児をもうけますが、子の顔を見ることなく死去。享年64歳。

4.小林 一茶の代表作や作者

「おらが春」 「一茶発句集」 「さらば笠」 「旅拾遺」

5.小林 一茶の買取査定ポイント

小林 一茶の句は多く残されていますが、その分贋作も多くなっています。そのためまずは一茶の真作の肉筆画であるかが重要な査定ポイントです。また保存状態が良いか、箱がついているかなどの一般的な骨董品の査定ポイントもあてはまります。 掛け軸にはいくつか代表的な査定ポイントがあります。 以下のポイントをチェックしていただくと、自分の持っている掛け軸にどの程度お値段がつくのかの指標になります。
  • 小林 一茶本人の作であるかどうか(証明書や鑑定書があれば尚良し)
  • 落款印(引首印)がある
  • 作者の署名がある
  • 保存状態は良好か(シミやシワなどの汚れがない、箱が残っているかなど)
  • 尺はどれくらいか(大きさの確認)
  • 表装の修復がなされていないこと

6.小林 一茶の取引相場価格

小林 一茶は現代でも人気があり作品数も多くありますが、贋作も多くあるため真贋保証の無いものだと数千円、高くて2万円前後となります。過去に6万円の値がついたものは、真作保証されており(鑑定書無し)で、?態が良く、箱がついているものです。大きさ表装が横33.5cm×100.5cm、本紙が横31cm×縦22cmとなります。 また同じく真筆保証(鑑定書無し)があるもので、約96,000円の値がついた掛け軸もあります。これは扇面人物図画賛で、箱書きがあり、大きさは表装が横51.3cm×縦106cm、扇面紙本が横17.5cm×48.5cmのものです。 もし鑑定書や証明書がついていればこれより高値がつく可能性もあります。

7.小林 一茶の買取についてのまとめ

飾ることのない言葉で、雄大な自然や生きとし生けるものの姿をありのままに記した小林 一茶の句は、現代でも多くの人に愛されています。その句は時代を越えて共感できる日常のものなどもあり、人間本来の感覚を今に伝えてくれます。なかなか家庭環境に恵まれなかった一茶ですが、それ故に生じた自虐的な句風も現代では高く評価されています。 その人気の高さから、もし真作の肉筆画であれば思わぬ高値が付く可能性があります。