大分県で骨董品・美術品の買取なら「骨董品・美術品の買取コネクト」にお任せ!

1.大分県で骨董品を売りたいお客様へ

大分県の伝統工芸といえば、人間国宝・生野祥雲斎の尽力で一躍有名になった「別府竹細工」。生野祥以降、名だたる作家も数多く登場しています。これら別府竹細工の名品だけでなく、お家に伝わる民芸品や工芸品は、私たち「骨董品・美術品買取コネクト」が探しているもの。銀瓶や鉄瓶などの茶道具や刀剣や鎧といった武具、江戸期や明治期に手掛けられた陶磁器など骨董と呼ばれるものも、全て出張査定、高価買取をおこなっています。
また、文人画なら田能村竹田や帆足杏雨、日本画なら髙山辰雄や福田平八郎、洋画なら佐藤敬などなど、芸術家も数多く輩出しているのが大分県。彼ら郷土ゆかりの作品を、お家に眠らせているという方はいらっしゃいませんか? そのままにしておくなんてとんでもありません。「骨董品・美術品買取コネクト」は美術品を、最新の市場データと照らして正当に評価、数ある販売チャンネルを活用して、高価買取が可能です。ぜひお気軽に査定だけでもご利用ください。
そして、西洋や中国など海外のアンティーク品。こちらは現在、市場価格も上昇中、手放すなら、今がチャンスなのです。有名作家の手によるものや、有名ブランド品の古いものも「骨董品・美術品買取コネクト」が得意とするところ。こちらもお気軽にお問い合わせください。他店とは一味違う満足価格で、買取いたします。

2.骨董品・美術品買取コネクトの強み

  • 董品買取業者の評価を厳しくチェック
    行き過ぎた営業や、取引へのクレームなど、お客様からの評価が悪い骨董品買取業者は、骨董品・美術品買取コネクトが適切な調査を行います。優良店として認められない場合は当サイトの登録を解除するなど、厳しいチェック体制を整えています。
    董品買取業者の評価を厳しくチェック
  • 出張買取も対応可能
    骨董品・美術品買取コネクトでは、出張での買取も対応しています。
    電話・メールで、骨董品・美術品の情報をお聞かせいただければ、ご依頼内容に合わせた専門業者をお手配いたします。
    出張買取も対応可能
  • メールやLINEでのオンライン査定
    メールやLINEにて写真や、骨董品・美術品の情報をお送りいただければ、そちらを元に専門業者に骨董品・美術品買取コネクトから一括で査定を依頼いたします。
    メールやLINEでのオンライン査定

3.ご利用の流れ

買取に出したい品物の写真を専用のメールフォームにて情報で送っていただければ、後は担当者にお任せください。各買取業者一括査定をする事ができますので、一番高い査定金額にて買取をして頂く事ができます。

査定を依頼する

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60秒で依頼完了!
簡単一括査定フォームに最小限の情報を記入し写真を送信ていただきます。
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買取業者を比較

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買取業者を比較。各買取業者とやりとりをして頂き、査定額を比較してご検討ください。
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買取業者を決定

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査定業者を選定し、詳細を相談して買取完了となります。もちろん当サイト利用料は無料です。

4.大分県に関連する美術作家・人物

名前:渡辺 長男

出身地:大分県大野市

明治から昭和にかけて活躍した彫刻家。
1874年に生まれ、彫刻をこころざし、東京美術学校に入学。1897年には高村光太郎らと青年彫塑会を設立。西洋からの影響が大きい新時代の彫刻をアピールし、美術界での存在感を大きくすると、旧多摩聖蹟記念館「明治天皇騎馬像」や洗足池畔「日蓮上人像」、八王子市御衣公園内「菅原道真像」など多数を制作しました。戦時供出により失われたものが多いのが悔やまれます。1952年に死去。実弟の朝倉文夫も彫刻家として成功しています。

名前:朝倉 文夫

出身地:大分県大野市

大正から昭和期にかけて活躍した彫刻家。
1883年に生まれ、1902年、兄で彫刻科の渡辺長男を頼って上京。1903年に東京美術学校へ入学し、動物の像を中心に制作。1907年から文展に連続で入選するなど頭角を現し、1910年には最高傑作とされる「墓守」を発表。その後も文展を中心に活躍し、名声を揺るぎないものとしました。1921年に東京美術学校の教授となる一方で、朝倉彫塑塾を設立、後進の育成にも当たりました。1964年、81歳で死去。

名前:日名子 実三

出身地:大分県臼杵市

昭和期に活躍した彫刻家。
1892年に生まれ、臼杵中学校を経て、1913年に東京美術学校彫刻家塑造部へと入学。「東洋のロダン」の異名をとる朝倉文夫の下で学び、1919年には院展で入選し頭角を表します。満州事変や日中戦争の従軍記章や、宮崎県宮崎市平和台公園の平和の塔を手がけていますが、日名子の仕事で最も有名なものがサッカー日本代表のエンブレムの原型「大日本蹴球協会・シンボルマーク」でしょう。1945年に死去。

名前:生野祥 雲斎

出身地:大分県別府市

大正から昭和期にかけて活躍した竹工芸家。
1904年に生まれ、石城尋常高等小学校を経て、1923年から高級花籠の名人・佐藤竹邑斎に師事、1925年に独立し竹工芸に打ち込む一方で、1938年から大分県工業試験場別府工芸指導所で後進の指導にも当たりました。1940年には文展で初入選、竹工芸師として名声を得ると、1943年に「銘心華賦」が特選を獲得。1956年からは日展で北斗賞や特選に輝くなど活躍し、1977年には竹工芸で始めての人間国宝に認定されました。

名前:田能村 竹田

出身地:大分県竹田市

江戸代後期の文人画家。
1777年に生まれ、11歳で藩校に入学、後に頭取となりますが、藩政改革についての献言が受け入れられず隠退、以後は風流の道を歩みます。谷文晁らに学んだのは絵画、頼山陽らと交わり詩作や書にも才能を発揮、隠退以来、長崎や京都・大阪をしばしば訪れ、画人・文人らと交流し、画論「山中人饒舌」をあらわしています。大分市美術館に収蔵されている田能村の作品は「梅花図」「四季花鳥図」「雁来紅群雀図」など。

名前:高山 辰雄

出身地:大分県大分市

昭和から平成期に活躍した日本画家。
1912年に生まれると、1931年に東京美術学校に入学、日本画家・松岡映丘に師事。1946年にゴーギャンの伝記に感銘を受けると、画風にも大きな影響が出始め、独特な幻想的な雰囲気を持つようになりました。1946年からは日展に出品を開始。特選や日本芸術院賞、芸術選奨文部大臣賞を獲得し、1970年には日本芸術大賞を受賞に輝きました。1972年には日本芸術院の会員となり、1979年には文化功労者、1982年には文化勲章を受章。

名前:福田 平八郎

出身地:大分県大分市

大正から昭和期にかけて活躍した日本画家。
1892年に生まれ、大分県師範学校付属小学校を経て、1911年に京都市立美術工芸学校に入学。1918年に帝展で入選を果たすと、後に特選となり、世に知られるようになります。その後、1947年に日本芸術院会員となり、1958年には 日展常務理事。1961年には 文化勲章を受章。水をテーマにした作品が多い画家で、故郷では業績を記念して「福田平八郎賞図画展」が毎年開催されています。

名前:赤木範陸

出身地:大分県別府市

1961年に生まれ、1990年に東京芸術大学大学院を修了すると、ドイツ学術交流会の招きでドイツに渡り、ミュンヘン国立芸術大学でキリスト教美術を研究、1995年に卒業し学位を取得しています。研究者である一方で、自身でも油彩を中心に制作を続け、ルイーゼ・リンザー「波紋」の挿絵や、ドイツのワインラベルを手がけるなど、幅広い活動を展開。「赤木範陸作品集」など画集も発刊されています。2004年より、横浜国立大学で助教授。

名前:宇治山 哲平

出身地:大分県日田市

昭和期に活躍した洋画家、版画家。
1910年に生まれ、日田工芸学校で漆蒔絵を学び、日田漆器株式会社に入社する一方で、独学で身につけた木版画作品を発表。展覧会で数々の賞を受賞すると、奈良県天理市へと活動の拠点を移しています。1961年には大分県立芸術短期大学で教授となると、1971年には学長に就任しています。1986年に死去。1994年には故郷に「宇治山哲平美術館」がオープンしましたが、惜しくも閉館。現在はWeb上で、宇治山の作品を鑑賞することができます。

名前:武藤 完一

出身地:岐阜県岐阜市

昭和期に活躍した版画家、美術教育者。
1892年に生まれ、川端画学校で学ぶと、1925年より大分県師範学校の図画教師として赴任、後に大分大学の教授となり、大分県の美術界の発展に生涯を通じて尽くしました。一方で、中央の画壇でも活躍。日本版画協会展や日展などに活発に出展し、数々の入選を果たしています。1960年には棟方志功らと「日版会」を設立したことでも知られており、1950年には大分文化賞を受賞。1982年に死去。

5.大分県で買取されたお客様の感想

お客様住所:大分県別府市

品名:別府竹細工 森下仁作 「水明」手付花籠

地元でおこなわれた展示会で買い求めたまでは良かったのですが、どうもインテリアにマッチしないということで、森下先生の竹細工を手放すことにしました。お願いしたのが以前は茶道具一式でお世話になった「骨董品・美術品買取コネクト」さん。前回同様、気持のいい接客と、はっきりした査定価格の提示で、気持ちよく取引を終えることができました。次も何かあれば「骨董品・美術品買取コネクト」さんにお願いしようと思っています。

お客様住所:大分県日田市

品名:同田貫上野介正国 「大太刀」

父が商売をやっていた時に集めていた日本刀、ずいぶんあったと思うのですが、ほとんど手放した内の最後の一本が同田貫でした。いくら払ったのかわかりませんが、ずいぶん高価であったはずの品。買取ってもらうにあたり、色々と査定をしてもらった結果「骨董品・美術品買取コネクト」が結局一番高かったです。大切なものだけに、どこかに送って査定してもらうなんて不安なもの。その点、家まで来てもらえるのは本当にありがたかったですね。

お客様住所:大分県大分市

品名:加藤卓男 「ラスター彩茶碗」など一式

お茶道具一式を買取ってもらうにしても、量は相当なもの。ですから、出張査定をしてくれる業者さん何軒かににお願いしたところ、一番最初にやってきて、一番高い価格をつけてくれたのが「骨董品・美術品買取コネクト」さんでした。知らない人を家に上げるのは抵抗があるもの、中には態度が今一つの業者さんもいらっしゃいます。でも「骨董品・美術品買取コネクト」さんは人柄が非常に安心できるので、オススメできますね。その場で、はっきりとした査定額を言ってくれたのも良かったです。

6.大分県の人気の美術館

名前:大分市美術館

場所:大分県大分市上野865

大分県ゆかりの芸術家の作品を、数多く収蔵しているのが「大分市美術館」。田能村竹田や帆足杏雨といった文人画や、髙山辰雄や福田平八郎らの日本画、佐藤敬の洋画といったコレクションが充実しているのですが、中でも注目は、竹工芸で初の人間国宝となった生野祥雲斎の作品たち。非常に繊細な技術で作られた作品は、工芸品に対するイメージを大きく覆されることになるでしょう。
また、吉村益信や赤瀬川原平ら現代美術の作品も見逃すことができないもの。そして、これらは常設展示となっていますから、いつでも見に行けるというのも大きな魅力となっています。
場所は、大分市の市街地南部に広がる丘陵地帯、上野の森の丘。美術品の鑑賞と合わせて、抜群の眺望も楽しみたい美術館です。

名前:アートプラザ

場所:大分県大分市荷揚町3-31

美術館など各地の公共建築を手掛けていることで知られる、大分県出身の建築家・磯崎新なのですが、この大分市が運営する「アートプラザ」も磯崎の作品。最初は役割を終えて、取り壊される予定だったところを、ギャラリーやホールが入った、複合文化施設としてよみがえりました。
充実しているのが3階の「磯崎新建築展示室」。今まで磯崎が手掛けた作品の模型や資料が常時展示されていますから、建築に興味がある人ならば必見のコレクションとなっています。また、2階は大分市美術館の収蔵の中から、1960年代のネオ・ダダを中心として展示した「60’sホール」となっており、こちらも要注目となっているのです。
また1階は市民ギャラリーですから、大分市の美術シーンを牽引してく存在の美術館ということができるでしょう。

名前:石ころたちの動物園

場所:大分県速見郡日出町大神6018‐1

自然に転がっている石に色を塗ることで、何かに生まれ変わらせる。こんな「ストーンペインティング」の作品を、数多く展示しているのが「石ころたちの動物園」。これらの作品は、ストーンペインティングの第一人者として、テレビや雑誌などで話題となった阿部いづみの手によるもので、2004年より活動の拠点を大分県に移し、この美術館をオープンさせました。
ストーンペインティングのルールは、石を割ったり削ったりしないこと。石自体の形を活かすというところがポイント。
阿部の手で動物たちになった石を目にして以降は、何気なく転がっている石からも想像力が湧いてくる。そんな体験もできる美術館は、別府や由布院といった温泉からも好アクセス、観光とあわせて訪れたいですね。

7.大分県の出張買取エリア

大分市 / 別府市 / 中津市 / 日田市 / 佐伯市 / 臼杵市 / 津久見市 / 竹田市 / 豊後高田市 / 杵築市 / 宇佐市 / 豊後大野市 / 由布市 / 国東市 / 姫島村 / 日出町 / 九重町 / 玖珠町 /