佐賀県で骨董品・美術品の買取なら「骨董品・美術品の買取コネクト」にお任せ!

1.佐賀県で骨董品を売りたいお客様へ

「伊万里焼」、「肥前焼」そして「有田焼」。陶磁器好きが佐賀県と聞いて思い浮かべるのが、これらの焼物たち。400年の歴史を持つ焼物産地だけに佐賀県のお家には、他の地方では想像もできないような品々が眠っているものです。「骨董品・美術品買取コネクト」が探しているのは、酒井田柿右衛門や青木龍山といった、名だたる名陶工が手掛けたものだけではありません。たとえ無名であっても、江戸期に作られた伊万里や備前の中には、味わい深い作品が多いもの。お家や蔵を整理したら出てきて、価値があるのかどうかがわからない。そんな品々、焼物だけでなく銀瓶や鉄瓶といった茶道具や、刀や鎧といった武具、彫金や金工細工、古民具など「骨董品・美術品買取コネクト」は高価買取いたします。
そして、池田幸太郎や高取稚成といった芸術家を数多く輩出しているのも佐賀県ならでは。彼らの作品をお持ちの方は、査定だけでも「骨董品・美術品買取コネクト」にまかせてください。最新の美術市場に照らし合わせ、数多い販売チャンネルを活用し、その場で精一杯の価格をご提示いたします。
他に西洋や東洋のアンティークも「骨董品・美術品買取コネクト」は大得意。しまっておくぐらいならば、手放してしまったほうがよくありませんか? 現在、アンティーク市場は空前の盛り上がりを見せています。今がチャンスですから、私たちに気軽にお声掛けください。

2.骨董品・美術品買取コネクトの強み

  • 董品買取業者の評価を厳しくチェック
    行き過ぎた営業や、取引へのクレームなど、お客様からの評価が悪い骨董品買取業者は、骨董品・美術品買取コネクトが適切な調査を行います。優良店として認められない場合は当サイトの登録を解除するなど、厳しいチェック体制を整えています。
    董品買取業者の評価を厳しくチェック
  • 出張買取も対応可能
    骨董品・美術品買取コネクトでは、出張での買取も対応しています。
    電話・メールで、骨董品・美術品の情報をお聞かせいただければ、ご依頼内容に合わせた専門業者をお手配いたします。
    出張買取も対応可能
  • メールやLINEでのオンライン査定
    メールやLINEにて写真や、骨董品・美術品の情報をお送りいただければ、そちらを元に専門業者に骨董品・美術品買取コネクトから一括で査定を依頼いたします。
    メールやLINEでのオンライン査定

3.ご利用の流れ

買取に出したい品物の写真を専用のメールフォームにて情報で送っていただければ、後は担当者にお任せください。各買取業者一括査定をする事ができますので、一番高い査定金額にて買取をして頂く事ができます。

査定を依頼する

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60秒で依頼完了!
簡単一括査定フォームに最小限の情報を記入し写真を送信ていただきます。
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買取業者を比較

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買取業者を比較。各買取業者とやりとりをして頂き、査定額を比較してご検討ください。
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買取業者を決定

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査定業者を選定し、詳細を相談して買取完了となります。もちろん当サイト利用料は無料です。

4.佐賀県に関連する美術作家・人物

名前:初代・酒井田 柿右衛門

出身地:佐賀県杵島郡白石町

江戸時代初期に活躍した陶工。
1596年に生まれ、豊臣秀吉御用の陶工・高原五郎七より作陶を習い、1635年ごろに陶土を求め、佐賀県西松浦郡有田町に移ったとされています。柿右衛門のトレードマークである赤絵磁器を完成させたのが1645年ごろ。この磁器は極めて好評で、将軍家にも献上されています。1958年ごろには金銀の絵付けにも成功し、有田焼独特の色使いを完成させました。以来、柿右衛門は酒井田家の当主代々の名乗りとなり、現在は15代・柿右衛門が活躍中です。

名前:青木 龍山

出身地:佐賀県西松浦郡有田町

昭和から平成期にかけて活躍した陶芸家。
1926年、有田焼の陶磁器製造会社に生まれ1951年に多摩美術大学を卒業、家業を継ごうとしましたが倒産。陶磁器デザイナーとして生活する一方で、日展に出品し1954年に初入選、陶芸家としてのキャリアをスタートさせ、1992年には日本芸術院の会員となっています。青木の作品は従来の華やかな有田焼とは異なる、黒色の天目茶碗でしたが、後に有田焼を代表する陶芸家となり、佐賀県初の文化勲章受章者となりました。2008年、81歳で死去。

名前:井上 萬二

出身地:佐賀県西松浦郡有田町

1929年に生まれ、初めは軍人をこころざしましたが、復員後の1945年から13代・酒井田柿右衛門の下で修行を始めます。1952年ごろからは白磁やロクロの技法に目覚め、1958年には佐賀県立有田窯業試験場の技官となる一方で、自らの焼物の研究に励みました。1968年には、日本伝統工芸展で初入選、後に通産大臣賞や文部大臣賞も受賞。1995年には白磁の技術で人間国宝に認定されています。絵付けがメインとされる有田焼の中では異例の、白磁にこだわる陶芸家です。

名前:森 正洋

出身地:佐賀県嬉野市

昭和期に活躍した陶磁器デザイナー。
1927年に生まれ、佐賀県立有田工業学校図案科に学ぶと、1946年からは陶芸家に師事、1952年に多摩造形芸術専門学校を経て、1954年からは長崎県窯業指導所や白山陶器でデザインの仕事に就きました。今だに製造されており、第1回グッドデザイン賞に輝いた「G型しょうゆさし」を手がけたのはこのころです。後にも数々の陶器デザインをおこなう一方で、九州産業大学などで教鞭を取り、個展も開催するなど多忙な日々を送りました。2005年、77歳で死去。

名前:池田 幸太郎

出身地:佐賀県

大正から昭和期にかけて活躍した日本画家。
1895年に生まれ、1913年に佐賀中学校を卒業し上京、川端画学校で学び、1921年には東京美術学校日本画科を卒業、その一方で、同郷の岡田三郎助が設立した本郷洋画研究所でも学んでいます。1925年、帝展で「染井釣堀の図」が初入選し画壇デビューを果たしますが、次第に距離を置くようになり、自身の制作に没頭。晩年は、もっぱら屋外写生を重視するようになり、風景画を数多く手がけています。1976年、81歳で死去。

名前:岡田 三郎助

出身地:佐賀県佐賀市

明治から昭和期にかけて活躍した洋画家。
1869年に生まれ、18歳のころから洋画を学び始めました。1894年に黒田清輝と知り合い、白馬会の創設に参加。1897年にフランスへ留学し帰国後、東京美術学校の教授となりました。1907年には文展の審査員、1919年には帝国美術院会員となり、名声を確固たるものにしました。一方で、1912年には本郷洋画研究所を設立しており、後進の育成にも力を注いでいます。得意としたのは、どことなく日本的な印象を感じさせる女性像。岡田の作品は、佐賀県立美術館などに収蔵されています。

名前:中島 潔

出身地:佐賀県

1961年に佐賀県立唐津西高等学校を卒業、印刷所や広告会社で働くかたわら、パリで半年絵を学ぶなど、独学で絵をこころざしました。1976年に画家・イラストレータとして独立すると、1982年、NHK・みんなのうたのイメージ画を手がけることで人気となり、個展を開くまでになりました。1987年には絵本「木霊みょうと」でボローニャ国際児童図書展グラフィック賞を受賞しています。懐かしさを感じる中島の作品は、誰もが目にしたことがあるでしょう。

名前:中林 梧竹

出身地:佐賀県小城市

幕末から明治期に活躍した書道家、画家。
1827年に生まれ、18歳のころ藩命で江戸にて書を学びました。師匠は書道のみならず漢詩にも通じた市河米庵。50歳を過ぎたころから、六朝の書を研究、1882年、56歳で清へと渡り古碑や拓本を元に、さらに研究を深めます。これにより中林が到達したのが造形を主とする、オリジナリティが高い書風。腕前は「明治の三筆」に数えられるほどでした。絵画にも優れており、水墨画も数多く残しています。1913年、87歳で死去。

名前:百武 兼行

出身地:佐賀県佐賀市

幕末から明治期にかけて活躍した外交官、洋画家。
1842年に生まれ、1871年からの岩倉遣欧使節団、1874年から、1880からと3回に渡ってヨーロッパに外交官として渡っています。その一方で、ロンドンで風景画、パリでは人物画といった具合に絵も学んでおり、日本人で最初に洋画で裸婦像を描いた人物といわれています。1882年に帰国して農商務省に勤めていましたが、1884年には体調を崩し佐賀へと帰郷、42歳で死去しています。

名前:高取 稚成

出身地:佐賀県神崎郡松熊村

明治から昭和期にかけて活躍した日本画家。
1867年に生まれ、大和絵や土佐派を学ぶ一方で、有職故実も身に付け日本画家として必要な、技能と知識の両面を身につけました。1890年ごろから日本美術協会や日本青年絵画協会に出品を続け、幾度となく入賞。1924年には帝展の委員を務めています。後に伊勢神宮技芸員や宮内省嘱託も務めるのですが、それは有職故実にも詳しい高取が貴重な存在だったから。最後の純土佐派とも呼ばれています。

5.佐賀県で買取されたお客様の感想

お客様住所:佐賀県佐賀市

品名:小木曽誠 「ヴェニス」油彩テンペラ画

佐賀大学の先生の作品ということで、知り合いの画商から購入した絵画です。気に入っていたのですが、段々と部屋の雰囲気に合わなくなってきたので、手放すことを考えるようになりました。そこで査定だけでもと思い「骨董品・美術品買取コネクト」に連絡したところ、すぐに家まで来てくれて、充分と思える金額を提示してもらえたので、即決で買取ってもらうことに決めました。ステップの軽さが良かったですね。

お客様住所:佐賀県小城市

井上萬二 有田焼 「黄緑釉彫文面取壷」共箱付き

有田焼のコレクターである友人から、特別に分けてもらった人間国宝・井上萬二の壺です。真っ白な色目といい、掘られた文様といい非常に優れたものだとは思うのですが、少々、お金が必要となったので「骨董品・美術品買取コネクト」さんにお願いして買取ってもらうことにしました。他の業者と比較して、比べものにならないぐらいの買取価格を提示してもらえたのが、非常にありがたかったことに加えて、担当の方の洗練された接客態度には感心しました。

お客様住所:佐賀県武雄市

有田焼ボトル入り サントリー限定版ウイスキー 5本

百貨店で予約して購入した、有田焼に納められたサントリーのウイスキーを全て「骨董品・美術品買取コネクト」さんに買取ってもらいました。「響・21年」や「白州・限定蒸溜」など、何か特別なことがあった時のために持っていたのですが、もったいなくて飲めないので手放すことにしたのです。買取価格はある程度覚悟はしていましたが、中には購入時の価格を上回るものがあったのが嬉しかったですね。寝かせておくぐらいなら、もっと早く買取ってもらえばよかったです。

6.佐賀県の人気の美術館

名前:佐賀県立美術館

場所:佐賀県佐賀市城内1丁目15-23

JR佐賀駅からバスで15分という好立地にある美術館が「佐賀県立美術館」。佐賀県ゆかりの絵画や彫刻、書などを豊富に収蔵・展示しているのが大きな魅力なのですが、中でも充実しているのが2人の作家の常設展示室。
「OKADA-ROOM」では、岡田三郎助の作品を豊富に展示。初期の日本洋画界で活躍し、第1回の文化勲章受章者にもなっている岡田の世界を堪能できます。2018年の春には、東京から岡田が実際に使用していたというアトリエが、丸ごと移築されるといいますからこちらも楽しみです。
また「古賀忠雄 彫刻の森」では、昭和期に活躍した彫刻家である古賀の作品を多数、屋外展示。佐賀城公園とも隣接していますから、合わせて魅力に浸りたいですね。

名前:陽光美術館・慧洲園

場所:佐賀県武雄市武雄町大字武雄4075-3

有田焼など、日本の磁器の一大産地であり発祥の地でもある佐賀。そのルーツである中国の陶磁器や工芸品を豊富に展示しているのが「陽光美術館」。中でも元の時代に作られた「元青花魚藻文壺」に注目。この時代に登場した青色の文様は、日本の染め付けばかりでなく、世界中の陶芸に大きな影響を与えたもの。今の有田焼の大元にあるといっても過言ではないものです。ほかにもヒスイの彫刻や、数多く展示されている焼物たちなど見どころ充分といえるでしょう。
また、併設されている「慧洲園」は、「昭和の小堀遠州」との異名を取った造園家・中根金作の手による大庭園。茶畑と御船山を借景に広がるダイナミックな光景は、美術鑑賞とあわせて、なおさら格別なものとなるはずです。

名前:有田ポーセリンパーク・ツヴィンガー宮殿アートギャラリー

場所:佐賀県西松浦郡有田町戸矢乙340-28

有田焼の窯元を訪ねる、そんな機会にあわせて楽しみたいのが「有田ポーセリンパーク」。展示の中心となっているのが、幕末から明治にかけて作られた品々。この時代の有田焼は世界中に輸出され、各国の焼物産地にも大きな影響を与えたもの。それらのエッセンスともいえる作品たちは、有田焼の歴史を知る上でも重要なものです。
また、展示のハイライトといえるものが、1873年のウイーン万博に出品された大花瓶。日本が公式に初参加した万博だけに威信をかけた一品、じっくりと見たいものです。
また美術館の名前からもわかる通り、この建物はドイツの「ツヴィンガー宮殿」を模したもの。この建物を中心にある体験工房や登り窯などで、有田焼の魅力を存分に味わいたいですね。

7.佐賀県の出張買取エリア

佐賀市 / 唐津市 / 鳥栖市 / 多久市 / 伊万里市 / 武雄市 / 鹿島市 / 小城市 / 嬉野市 / 神埼市 / 吉野ヶ里町 / 基山町 / 上峰町 / みやき町 / 玄海町 / 有田町 / 大町町 / 江北町 / 白石町 / 太良町 /