鈞窯(きんよう)を高価買取!中国の陶磁器の査定ポイントを徹底解説!

鈞窯を売りたいお客様へ

鈞窯は、中国の焼き物です。オパールのような輝きは、釉薬(ゆうやく)と炎によって作られた物です。他の陶磁器と違うのは、花盆(植木鉢)と盆托(浅いお皿のような植木鉢の一種)があることです。壺やお皿だけではありません。特に北宋時代のものは価値が高く、高額で取引されています。

鈞窯についての解説

鈞窯とは、中国河南省禹州(うしゅう)市一帯にかつて栄えた焼き物です。青磁や白磁といった、シンプルな色合いの焼き物が主流であった時代に、カラフルな青や赤といった釉薬を使った焼き物を出しており、王族にも好まれました。 拡大してみると、「蚯蚓走泥紋」(ミミズが走った泥の後のような模様)と呼ばれるように複雑に釉薬が混じり合っていることがわかります。全体としては、霧がかかったような独特の風合いがあります。 鈞窯が一番栄え、作品として価値の高いものを生み出したのは北宋時代です。元代になると、鈞窯の作風が変化し、釉薬のかかり方がそこまで分厚くなかったり、銅を使った釉薬を使って紫色の変色を起こしたりなど、北宋時代の鈞窯の姿とは違ったものへと変化していきます。

鈞窯の歴史

鈞窯の窯は、いくつもあります。例えば、徽宋(きそう)皇帝は、画人としてだけではなく、ガーデニング好きの皇帝としても知られており、植木鉢などを作る専用の鈞官窯という窯を所有していました。 食器は北宋官窯や定窯といった、別の場所で作るというこだわり。宋の時代に鈞窯はかなり栄えていて、要人達に大切にされていたことがわかりますね。 「八卦洞鈞官窯跡」をはじめとした「鈞窯遺跡」は今でも歴史的に価値のある場所として残されています。 鈞窯は、元の時代で終わってしまいました。現代に至るまで復活が試みられているのですが、鈞窯風の焼き物はできたとしても鈞窯そのものの復活はされていません。本物の鈞窯は、とても貴重なものなのです。 ちなみに、禹州では今でも窯業は盛んに行われています。 なぜ、鈞窯は今では焼かれていないのでしょうか。 一説には、親から子への伝承が息子へしか行われなかったからという説があります。 お土産品として似たようなものが売られてはいても、それは鈞窯ではないのです。鈞窯が現代の窯業に影響を与えたのは確実で、中国はもちろん日本でも似たような鈞窯風の焼き物はいまだに焼かれています。

鈞窯の代表作や作者

*鈞窯の代表作は幾つかありますが、作者はわかりません。 天藍玫瑰紫仰鐘式花盆 (中国・故宮所蔵) 澱青釉輪花鉢 (日本・東京国立博物館蔵) 澱青釉紫紅斑杯(日本・東京富士美術館蔵) 北宋月白釉碗(日本・東洋陶磁美術館蔵) 青磁窯変薔薇紅三犠尊(日本・萬代美術館蔵) 北宋時代の鈞窯は現存品が少ないです。

鈞窯の買取査定ポイント

まず、本物であるかどうかが重要になってきます。北宋時代のものが一番芸術品としての価値があり、時代が下るにつれて作風が荒くなってしまったため、芸術品としての価値は薄まってきます。現存するのは北宋時代のものよりも、元代の作品や、その後台湾で模倣品として作られたものが多いのです。 北宋時代に作られたもの以外であっても、買取査定してもらえる品もあります。例えば、中国の陶器を研究していた松井康成の鈞窯の茶碗などは、再現性が高く人気の品です。次に、作品の状態についてです。割れやかけのないものは評価が高くなります。
  • 北宋時代に作られていること
  • 模倣品ではないこと
  • 割れや欠けがなく、保存状態が良いこと

鈞窯の取引相場価格

もし、北宋時代の鈞窯であり、芸術品としての価値も高いとなれば数億万円以上の値段が付くことがあります。北宋時代のものではなくても、芸術品としてみたときに価値のあるものであれば査定金額も期待できます。

鈞窯の買取についてのまとめ

鈞窯は、北宋時代の焼き物です。青や赤といった鮮やかな色の焼き物である一方で、複雑な釉薬同士の混じり合った色が、全体としては淡い印象をかもしだしています。色としては、パステルカラーのブルー、葡萄色といった言い方になりますが実際のものはなんとも言えない独特の雰囲気があります。取引価格は、芸術性の高いのだと数億円を超えます。現存する品が少なく大変貴重ですので、もし鈞窯の可能性のある品をお持ちの場合は、ぜひとも買取査定に出してみることをおすすめします。 骨董品・美術品コネクトでは鈞窯を大切に査定させていただきます。 鈞窯の売却をお考えの方は、骨董品・美術品の買取コネクト にご相談ください。