[新寛永] 石ノ巻銭(いしのまきせん)を高価買取!古銭の査定ポイントを徹底解説!

1. 石ノ巻銭を売りたいお客様へ

石ノ巻銭は「寛」の字の裏側の位置に「仙」の字が刻まれているのが特徴の寛永通宝の中のひとつです。1728年(享保3年)から陸奥国牡鹿郡、現在の宮城県仙台市、石巻市のあたりで鋳造されていました。長期にわたり造られており、中には「仙」の字がない石ノ巻銭も存在します。また数が多いだけに書体の小さな差異でも価値が変わる銭貨です。

2. 石ノ巻銭についての解説

他の一文銭と同じく形は円形。中心部に正方形の孔があります。表面には「寛永通寶」の文字が上下左右の順で刻まれ「寛」の字の裏側に「仙」の字が刻まれています。が、同じ石ノ巻の銭座で造られたものであっても何も書かれていないものもあります。また通の字のしんにょうが今の形のものもあれば、ひとつ多めに曲がりを作っているものもあるのもありますし、通の字のマの部分がマのものとコの字のものともあります。他にも違いを挙げればキリがないほどに書体はバラエティに富んでいます。素材についても銅だけでなく鉄銭も有名です。

3. 石ノ巻銭の歴史

しばらく中断されていた鋳造が再開された寛文8年以降に造られたものを新寛永通宝といいますが、このときまでにすでに60億枚ほど造られていたといわれています。当時にすれば十分な供給量だったので、天和2年(1682)にはそれまでに使われていた渡来銭などの古銭は使用を禁止されました。しかし元禄8年(1695)の萩原重秀が推進した改鋳によって品質が低下し、重さも6割ほどにまで軽量化されました。その後新井白石によって品質が戻り再びもとの重さで、盛んにいろいろな地方でも銭貨が造られるようになりました。このころから生産地を表す字を裏に刻むようになったのです。 そのうちのひとつが「仙」の字をもつ石ノ巻銭です。元文4年(1739)には銅の不足が叫ばれ、鉄銭が造られるようになりました。法定銭貨として鉄を材料に造られたのはこのときが最初といわれています。特に石ノ巻の鉄銭はその数が多く、江戸の経済を混乱させるほどだったと伝わっています。

4. 石ノ巻銭の希少価値

長期にわたり造られており数多く見つかっていることから、希少価値は100円ほどのものもあります。しかし数が多いだけに書体の違いによっては1000円以上から数千円まで査定額の幅が出ます。珍しい書体であれば、思いがけない高値で査定されることもあります。

5. 石ノ巻銭の買取査定ポイント

書体の希少性によります。銅銭か鉄銭かでの差はほとんどありません。通のマの部分、しんにょうの形、裏の仙の字の勢いなど、鑑定ポイントはさまざまです。
  • 寛の字が縦長かどうか
  • 通の字が縦長かマの字になっているか
  • 永の字の中心の跳ねやフのはらい部分に勢いはあるか

6. 石ノ巻銭の取引相場価格

美品であっても希少性のないものは100円程度ですが、母銭であれば数万円になることもあります。石ノ巻銭の場合は美品であるかどうかより書体に希少性があるかどうかで判断されるので、珍しいものであれば500円以上から数千円になります。 yahooオークションで見る限り、数百円の価格で取引されています。

7. 石ノ巻銭についてのまとめ

長期にわたり鋳造されたものなので、書体の違いによっての希少性が大切な査定ポイントです。また母銭かそうでないかは素人ではなかなか判断が難しいので、一度、複数の専門業者に査定を依頼されることをおすすめします。