清水多嘉示(しみず たかし)を高価買取!彫刻作家の査定ポイントを徹底解説!

1. 清水多嘉示を売りたいお客様へ

清水多嘉示は1897年長野県に生まれた日本の彫刻家です。若くして画才を発揮し、当初は画家を志していました。パリを訪れた際に、アントワーヌ・ブールデルの作品と出会い感銘を受け、彫刻家の道へ進んだとされています。安定した写実的表現作品を多く残し、サロン・ドートンヌへ絵画や彫刻を出品しました。 芸術選奨文部大臣賞、日本芸術院賞など数々の賞を受賞しており、今後も注目度が高い作家といえます。

2. 清水多嘉示についての解説

清水多嘉示は数多くの作品を残した日本の彫刻家です。当初は画家を志しており、早い段階からその才能を発揮していました。重厚な色彩を重ねて生み出された作品は、既に周囲の人々を驚かすものであったとされます。 1923年にパリに渡り、アントワーヌ・ブールデルの作品と出会ったことで転機が訪れます。ブールデルの作品に感銘を受けた清水は、ブールデルに師事し、彫刻家の道を歩むこととなります。清水の彫刻作品は地元長野県内のみならず全国各地で見られ、特に学校や公共施設などに多く展示されています。

3. 清水多嘉示の歴史

清水多嘉示は1897年長野県に生まれます。幼い頃より画才を発揮し、二科展に入選するなど高い実力をもっていました。また1921年に平野高等女学校や、岡谷蚕糸学校などでも教鞭をふるい、教育者としての評価も高めていきます。そして1923年、絵画を学ぶためにパリを訪れます。オーギュスト・ロダンの高弟、アントワーヌ・ブールデルの作品を見て非常に感銘を受けた清水は、ブールデルに師事し彫刻家への道を歩み始めます。サロン・ドートンヌへ絵画、彫刻を出品すると、1927年まで毎回入選。 1928年に帰国、1929年には帝国美術学校助教授となります。1948年には武蔵野美術学校教授、日展審査員、1950年には日展運営会参事となります。芸術選奨文部大臣賞受賞、日本芸術院賞、勲三等瑞宝章など数々の賞を受賞しました。

4. 清水多嘉示の代表作や作者

「母子像」     1946年 「みどりのリズム」 1951年 「青年像」     1953年

5. 清水多嘉示の買取査定ポイント

まずは清水多嘉示の真作であるかどうかが重要な査定ポイントです。また箱は残っているか、保存状態は良好か、素材は何かなどの一般的な骨董品の査定ポイントもあてはまります。 代表的な査定ポイント
  • 清水多嘉示の真作であるか(証明書や鑑定書があれば尚良し)
  • 作者の署名(銘)があるか
  • 保存状態は良好か(欠けがない、箱が残っているかなど)
  • 大きさはどれくらいか

6. 清水多嘉示の取引相場価格

清水多嘉示の作品は大きさなどによって価格が大きく異なります。たとえば、総高75.5cm台座の幅22.7×22.7cmの「ブロンズ裸婦像」には約35万円の値がつきました。こちらは底部にローマ字サインの「T.S」があり、目立つ痛みはありません。 また総高約50cm、台座の幅18×15cmの同じく「ブロンズ裸婦像」には約28万円です。こちらも底部に「T.S」のサインがあり、目立った傷の無い状態です。

7. 清水多嘉示の買取についてのまとめ

清水多嘉示は画才のみならず彫刻でもその才能を発揮した彫刻家です。1923年に絵画の勉強のために訪れたパリでブールデルの作品に感銘を受けたことから彫刻家の道を選びます。ブールデルに師事し、サロン会員として多数の出品を重ねました。帰国後も精力的に活動を続けています。また後進の育成にも力を入れていた人物としても知られています。 その結果芸術選奨文部大臣、日本芸術院賞など数々の賞を受賞し、1980年には文化功労者となりました。 今後も注目される作家であり、真作であれば高額査定の可能性もあります。