奥村土牛(おくむら とぎゅう)を高価買取!絵画作家の査定ポイントを徹底解説!

1.奥村土牛を売りたいお客様へ

奥村土牛は、東京都生まれの絵画作家です。明治から平成にかけて活躍した、近代日本画を代表する一人として知られています。幻想的で微妙な淡い色彩を生み出すことに成功し、独自の画風を確立しました。若い頃に画家志望であった父の後援もあり、奥村土牛は幼い頃から絵画に親しみ、生涯画家として生きました。土牛という雅号の通り、地道に自らの技を磨き、画業に専念した奥村土牛は数々の功績を残し、1962年には文化勲章を授与されました。

2.奥村土牛についての解説

伝統的な日本画は流麗で繊細な線画が特徴的ですが、奥村土牛はあえて対象の輪郭をぼかして質感を表現しました。写生を大切にし、その場の空気までも描こうとした奥村土牛。近代日本画の大家である横山大観や小林古径、そして速水御舟の影響を受けつつも、オリジナリティのある日本画の作品を制作しました。研究熱心だった奥村土牛は、フランス印象派の表現方法を自らの作品に取り入れて描写力を伸ばしていきます。特に、フランスの画家・セザンヌの作品の色彩と遠近感の表現に感動した奥村土牛は、刷毛を用いて胡紛などを何百回も重ね塗りをし、奥村土牛の作品を特徴付ける微妙な色彩を生み出すことに成功しました。

3.奥村土牛の歴史

1889年、奥村土牛は東京で出版社を営んでいた家に生まれます。16歳のときに小林古径に師事し、日本画を学びます。写生の大切さを徹底的に教え込まれた奥村土牛は、1926年に速水御舟に出会って日本画の構図の大切さを学びました。その翌年、再興第14回院展に出品した作品が初入選を果たします。1932年には日本美術院同人になり、その3年後には帝国美術学校の日本画家教授に就任します。1936年に第1回帝国美術展の出品作品で推奨第1位を獲得した奥村土牛は、1944年には東京美術大学の講師となりました。その後も帝国芸術院会員や日本美術院の理事を務めましたが、日本文化の発展に貢献したとして1962年に文化勲章を授与されます。奥村土牛は、101歳でこの世を去るまで精力的に創作活動に励み、多くの優れた作品を残しました。

4.奥村土牛の代表作品

「醍醐」1972年 「吉野」1977年 「富士宮の富士」1982年 「蠣」1984年 「寅」1985年

5.奥村土牛の買取査定ポイント

奥村土牛の作品の買取査定ポイントは、真作であるかどうかです。奥村土牛の作品は絵画買取業界で高く評価されており、高額査定を期待できる絵画作家の一人です。海外でも人気の高い横山大観のぼかし技法に影響を受けただけあり、奥村土牛も国内外を問わず評価されています。そんな奥村土牛の作品を査定に出すのであれば、真作証明できることが高額査定には欠かせません。また、作品購入時に付いてきた黄袋やタトウ箱なども大切に保管しておき、査定時には必ず一緒に提出するようにしましょう。
  • 真作かどうか
  • 鑑定書等は付いているか
  • 付属品は付いているか

6.奥村土牛の買取相場価格

奥村土牛の作品の買取相場価格は、約3万円から200万円ほどとなっています。「カトレヤ」と題された作品は、およそ200万円で取引されました。こちらの作品は東京美術倶楽部鑑定委員会が発行した鑑定書が付いた状態で出品されました。また、「かれゐ」は16万円で取引されています。こちらは、共板と呼ばれる、作者名と画題が付けられた額の蓋付きで出品されました。

7.奥村土牛の買取についてのまとめ

奥村土牛の作品は非常に価値が高く、高額査定を期待できるでしょう。真作証明された作品であれば、なおさら査定額は吊り上がります。奥村土牛の作品は東京美術倶楽部鑑定委員会等の鑑定機関を通して鑑定書を発行してもらうことができますから、査定の前に鑑定書を手に入れておくことをおすすめします。